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大阪高等裁判所 昭和41年(う)1699号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人前堀政幸作成の控訴趣意書記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意第一点のうち理由不備の主張について。

論旨は、原判決は本件拳銃等の共謀による所持を認めているが、共謀で買受けたとの事実をも肯認した上での事実認定なのか、それとも共謀による買受の事実は肯認できないけれども、右買受後の共謀による所持の事実が肯認されるとしているのか原判示では不分明であり、この点において原判決には理由不備がある、というのである。

よって案ずるに、原判決は罪となるべき事実として、被告人が法定の除外事由なしに妻貞子と共謀して昭和三八年一〇月頃から同四〇年一一月一日頃迄の間、被告人の肩書住居において原判示の拳銃一丁及び拳銃実包三発を所持していた事実を判示しているが、銃砲刀剣類所持等取締法第三条第一項、第三一条の二第一号あるいは火薬類取締法第二一条、第五九条第二号の各所持罪においては、罪となるべき事実としては所持の事実を判示すれば足り、いかなる経緯で所持するに至ったかというようなことは判示する必要がないというべきであるから、原判決が本件拳銃等所持の原因事実たる買受の際にも被告人とその妻貞子との間に共謀があったかどうかについて判示しなかったとしても罪となるべき事実の判示として何ら欠けるところはなく、これを以て理由不備となすことはできない。論旨は理由がない。

控訴趣意第一点のうち訴訟手続の法令違反及び事実誤認の主張について。

論旨は、原審は坂根一美の検察官に対する供述調書を刑事訴訟法第三二一条第一項第二号により採用取調べているが、被告人及びその妻貞子に対する増田検事の取調べぶりから推して坂根一美に対しても同様の予断、誘導、押しつけがなされた疑いがあり、坂根が同検事の誘導や押しつけに容易に迎合して供述をしたものと思われるから、坂根の右検察官調書が特に信用すべき状況の下になされた取調べによってえられたものとはいえない。従って原審が坂根の右検察官調書を証拠として取調べたのは法令に違反しており、右調書が事実認定の証拠とされているのであるから、右法令違反が判決に影響を及ぼすことは明らかである。次に、仮に坂根の右検察官調書の取調べが法令に違反しないとしても前記のような事情により右調書に信憑性がないことは明らかであり、更に原判決挙示の被告人の司法警察員に対する供述調書は適法に作成されたものでない疑があり、またその供述は任意になされたものでない疑が濃く、これを原審が証拠として取調べたのは法令に違反しており、仮に右証拠調べに法令違反がないとしても右調書は不当な取調べに基いて作成されたものであるから信憑性なく、これらの証拠によって原判示事実を認定したのは採証法則に違反して事実を誤認したものである、というにある。

よって記録及び当審における事実調べの結果を精査し案ずるに、原判決挙示の証拠によれば原判示事実を優に認めることができる。即ち、昭和三八年頃、西岡組の者が日本刀を持って被告人方へ殴り込みをかけてきたことがあったので、被告人とその妻貞子との間で、最近組関係では一丁や二丁の拳銃位持っていることでもあるから護身用としてうちでも準備した方がよい、との相談がまとまり、被告人から妻貞子に対し、もし入手できるならしておくようにと依頼しておいた。そこで、妻貞子は予て知合の坂根一美に対しピストルがあったら買受けたい旨申入れ、同年一〇月頃、坂根が本件拳銃及び実包三発を持参したので、右貞子が代金一九万円を支払ってこれを買受け、その頃被告人に買受けた旨を告げると共に右拳銃及び実包を見せると、被告人から人目につかないようにしまっておくよう言われたので、右貞子において白い布に包んで被告人方の天井裏とか物置などに場所を変えて隠匿保管し、昭和四〇年一一月一日当時被告人方裏の物置内に白い布に包み紙箱に入れて保管していたのを警察の捜索をうけて差押えられた。以上の事実が認められる。

右認定のとおり、本件拳銃等は被告人とその妻貞子とが予め相談の上、貞子において買受け、被告人の指示に基き貞子において隠匿保管し、以て被告人と貞子とが共謀の上、所持していたものであり、本件拳銃等の買受けから所持に至る迄の被告人と貞子との共謀の点は、原判決挙示の被告人の司法警察員に対する供述調書における自白及びこれを裏付ける坂根一美の検察官に対する供述調書謄本によって十分認められるのである。

ところで、前堀弁護人は、右坂根の検察官に対する供述調書謄本及び被告人の司法警察員に対する供述調書を原審が採用取調べしたのは違法であり、仮に違法でないとしても右各調書は信憑性がない旨主張するので、この点について判断する。

先ず坂根一美の検察官増田光雄に対する供述調書謄本について考えるに、坂根は右検察官調書において、昭和三八年一〇月頃被告人方に行き、被告人の妻貞子に会って拳銃の話を持出すと、貞子は「そんなら一度うちの人とも相談しておくから一返拳銃を持ってきてくれ」と言った旨明確な供述をしているが、原審公判廷における証人尋問の際には、被告人の妻貞子と会った際、貞子は相談しておくといっていたが、誰に相談するといっていたか覚えがない旨あいまいな供述をしているのであるから、右証言は検察官の面前における前記供述と実質的に異った供述であると認められる。しかして、証人坂根一美は原審公判廷において、増田検事の取調べを受けた際述べたことは間違いない旨供述し、証人増田光雄も原審公判廷において、坂根の取調べが極めて円滑になされた旨供述していることに徴すると、増田検事の坂根に対する取調べの際、前堀弁護人主張のような誘導、押しつけがなされたという事情は何ら認められないから、坂根の検察官に対する供述は、坂根の原審公判廷における証言よりも信用すべき特別の情況の下になされたものと認めることができる。されば、原審が坂根一美の検察官に対する供述調書謄本を刑事訴訟法第三二一条第一項二号書面として採用取調べしたのは適法であり、またその信用性も十分に認められる。次に、被告人の司法警察員福島信義に対する供述調書につき考えることとするが、これに先立ち同調書が作成されるに至った経過をみるに、≪証拠省略≫によれば、次の事実を認めることができる。即ち、被告人は昭和四〇年一一月一日午前中、伏見警察署で取調べを受けた際、本件犯行を否認していたが、同日午前一一時五分から午前一一時四五分にかけて被告人方で本件拳銃等の捜索差押がなされた(原判決挙示の司法警察員作成の捜索差押調書参照)後は、一応概括的に本件犯行を認める態度を取るに至ったが(当審で取調べた被告人の司法警察員に対する弁解録取書及び原判決挙示の被告人の司法巡査に対する供述調書参照)同月二日同警察署で再び取調べを受けるや、本件拳銃等は妻貞子が勝手に買ったもので、被告人はそんなものは返せといっておいた旨述べて否認していた。同月三日身柄を京都地方検察庁に送致された後も一応概括的には本件犯行を認める態度をとったが(当審で取調べた被告人の検察官に対する弁解録取書参照)、その後同月八日増田検事の取調べを受けた際に始めて本件犯行を詳細に自白し(原審で取調べた被告人の検察官に対する供述調書参照)、増田検事よりもう一度調べ直すよう連絡を受けて伏見警察署において福島警部補が被告人を取調べると、被告人は検察庁におけると同様事実を詳細に自白した。一方、被告人の妻貞子も当初伏見警察署での取調べでは自分の一存で本件拳銃等を買受け、且自宅に隠匿所持していた旨供述して被告人との共謀関係を否認していたが(当審で取調べた岡山貞子の司法警察員に対する昭和四〇年一一月一日、同月二日付各供述調書参照)、その後同年一一月八日増田検事の取調べを受けた際、始めて被告人との共謀関係を認め(原審で取調べた岡山貞子の検察官に対する供述調書参照)、引続き同月九日伏見警察署における福島警部補の取調べにおいても同様被告人との共謀関係を認めた(原審で刑事訴訟法第三二八条書面として取調べた岡山貞子の司法警察員に対する供述調書参照)。以上の事実が認められる。しかして、≪証拠省略≫によれば、昭和四〇年一一月八日京都地方検察庁における増田検事の被告人及びその妻貞子に対する取調べの方法は次のようなものであったことが認められる。即ち、右両名に対する増田検事の取調べは同日午前九時半頃より午前一二時頃迄の間に行われたが、増田検事が先ずそれ迄本件拳銃等の買受け及び所持につき貞子との共謀関係を否認してきた被告人に対し、実際は貞子が自供していないのにかかわらず、貞子が右共謀関係を自供した旨告げて説得したところ、まもなく被告人は右共謀関係を認めるに至ったので、被告人を貞子と交替させて、貞子に対し、被告人が共謀を認めている旨告げて説得すると、貞子も被告人との共謀関係を認めたので、直ちにその調書を取り、貞子を被告人と交替させて、被告人に対し再度、貞子も共謀を認めているが間違いないかと確認した上、その調書を取ったことが認められる。そして、前堀弁護人は、検察官の右取調べ方法は欺瞞と誘導を用いた違法な取調べ方法であり、その結果得られた被告人及びその妻貞子の各供述は任意性を欠くから証拠能力がない旨主張するのである。前認定の検察官の取調べ方法(弁護人の所謂「切り違え」尋問)が一種の偽計を用いたものであることは明らかであり、偽計により被疑者を錯誤に陥れて自白を得るという方法は、犯罪捜査が公正を旨とし、個人の人権尊重の上に立って行われなければならないという観点からみて決して望ましい方法ではなく、できる限り避けるべきものであることについては多言を要しない。しかし、刑事訴訟法第一条も明言しているとおり、人権尊重とともに公共の福祉の維持という要請のあることを忘れてはならない。即ち、個人の人権保障と公共の福祉の維持との調和をはかりつつ事案の真相を明らかにするということが肝要である。かかる見地に立って考えるならば、偽計を用いた尋問方法は決して望ましいものではないにしても、単に偽計を用いたという理由のみでこれを違法視することはできない。けだし、頑強に否認する被疑者に対しては事案の真相を明らかにするためかかる尋問方法を用いることもやむをえない場合があり、偽計を用いて被疑者を錯誤に陥れたとしてもそれによって得られた自白は自白の動機に錯誤があるに止まり虚偽の自白を誘発する蓋然性は少いからである。換言すれば、偽計に虚偽の自白を誘発する蓋然性の大きい他の要素が加わった場合にのみ、よって得られた自白は任意性なきものとして排除されるべきである。ところで、本件において検察官が用いた弁護人の所謂切り違え尋問は、被告人に対し、その妻が被告人との共犯関係を自白した旨虚偽の事実を告げて、被告人から自白を得た上、今度は被告人の妻に対し、被告人が共犯関係を自白した旨を告げて、被告人の妻から共犯関係の自白を得たというのであって、成程偽計を用いたものではあるけれども、他に虚偽の自白を誘発する虞のある事情は何ら認められないから、右尋問により得られた被告人及びその妻貞子の自白は何れも任意性があるものと認められる。従って、原審が被告人の右検察官調書を刑事訴訟法第三二二条第一項により、また岡山貞子の右検察官調書は岡山貞子が原審公判廷における証人尋問の際にこれと相反する証言をし、且右証言よりも信用すべき特別の情況の下になされたものと認めて同法第三二一条第一項第二号により、何れも採用取調べしたのは適法である。また、これに引続き伏見警察署において福島警部補に対してなされた被告人の自白も他に特段の事情の認められない以上、任意になされたものと認めるのが相当である。しかして、被告人の司法警察員に対する右供述調書は、原判決挙示の坂根一美の検察官に対する供述調書謄本及び証人岡山貞子の原審公判廷における供述部分と対比検討すると、その信用性も十分に認められるのである。されば、原審が被告人の司法警察員に対する供述調書を採用取調べたことに何ら違法の廉はなく、また、原判決挙示の他の証拠と共に右供述調書及び坂根一美の検察官に対する供述調書謄本をも証拠として原判示事実を認定したことに何ら事実誤認はない。本論旨も理由がない。

控訴趣意第二点、量刑不当の主張について。

所論にかんがみ記録及び当審における事実調べの結果を精査し案ずるに、本件犯行の罪質、動機、態様、殊に本件拳銃等は前判示のような動機に基き被告人の指示により買受け保管されていたのであるから被告人が主犯と認められること、本件犯行は被告人が先に銃砲刀剣類等所持取締法違反により懲役八月、執行猶予三年に処せられて半年余り後に累行されたものであることなどに徴すると、現在被告人が家屋解体業に専念していること、その他所論の事由を参酌しても、原判決の懲役六月の刑が重過ぎるとは考えられないから、本論旨も理由がない。

よって刑事訴訟法第三九六条、第一八一条第一項本文により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 江上芳雄 裁判官 木本繁 山田忠治)

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